劇空間 徒然模様

追悼 坂口良子様
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     追悼 坂口良子様。

    50歳代後半で坂口良子さんが亡くなった。

    実は 良子さんは私の高校時代のマドンナだったのだ。

    決して超美人では無いのだが 可愛く優しい人柄を思わず抱きしめたい様なキャラが
    若き日の私の心を虜にした。印象的な出演ドラマは 「前略おふくろ様」と
    「俺たちの勲章」と「アイゃんが行く」、、、亡くなったとは思いたくない
    笑顔のすてきな女優さんだったのに。

    実は高校時代 片思いの彼女に雰囲気が似ていた、、、というのがファンに
    なった一番の理由なのだけれど。 心からご冥福をお祈りいたします。




    | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 20:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
    故郷は遠きにありて
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      昨日の水曜日は仕事を休んで家族三人で兵庫県西宮市にある「西宮ガーデンズ」へ日帰り旅行にすることにした。
       
      ここ数日間に起こった家族のトラブルのことで私自身も精神的に落ち込んでしまっていた。実はこの西宮は私の故郷なのである。ここで生まれ30歳までここで育ち 就職し結婚をし長女が産まれた。私の自慢のふるさとなのである。
       
      徳島に移住した後も生まれ育ったこの地が懐かしいのか何度も過ごしてきた街角を夢にみたりしていた。窮地に立った今 なぜかそんな西宮に帰りたくなった。
       
      帰ったわいいが町は震災後かなり変わってしまっていたが昔の面影は少しは残っていた。そして生まれて育った町へ帰ってみた 20年ぶりに住んでいた家へ戻り も昔から知っていた人は住んでいないと思っていたら 小学生のころから世話になった近所のおばちゃんがまだ同じ場所に住んでおられると知った。
       
      確認して帰ろうとすると一緒に行った家内が「会って帰ったらわ」というのでその御宅まで近づくと家から年配のご婦人が外出しようとしておられる、、良く見ると「〇〇のおばちゃん」である 私も年を取っているがおばちゃんも年をとっているが昔と変わらない面影に思わず声を上げて呼び止めてしまった。おばちゃんは最初は私が誰なのかわからなかったようだが私が名を名乗ると解ったのか大きな笑みで私の手を握り締め再会に感激されたようだった。私の両親はもう他界しており故郷の知人としてはこのおばちゃんしかいないという実感がその時初めて悟った。涙が出るくらい嬉しかった。故郷を離れ20年四国の右も左も解らない土地で頑張ってきたから、、おばちゃんの笑顔を見たら今まで悩み悔やんでいたことがフワーッと柔らかく引いて行くのが解った。
       
      故郷は遠くにありて想うもの、、されど 壁にぶち当たった時に心を癒してくれるのも故郷のあの「笑顔」との再会。私は昔を懐かしむのが嫌いな性格で今まで前ばかり見て前進してきたが 今回は故郷に帰ってみて 良かった。

      その後おばちゃんが喫茶でお茶をご馳走すると言ってくれるので一時間以上昔話に花が咲いた。83歳、御主人を早く亡くされ子供たちとは別居し今もこの地に一人で住んでおられる。「私のこと おかあちゃんと思って また遊びにおいで」とさりげなく言ってくれた。涙がでそうになる。これを書いていても涙が出そうになる。
       
      もともと私には兄弟がいない。おやじが死んだ時には泣かなかったのに、、

      夕刻もせまりおばちゃんとも御別れし徳島への帰途についたが今回おばちゃんを尋ねて良かったと思った。年齢的にももう二度と会えないかもしれないから、ただ「おばちゃん、いつまでもお元気でいてください 僕も頑張ります」。
      | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 17:26 | comments(8) | - |
      THRILLER  Michael Jackson
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        未だに死因でもめているマイケル・ジャクソンのことについて一度は書きたいと思っていた。
        第一報が届いた時 マイケルの死よりもマイケルが50歳だったということに私は驚いた。
        私と二つちがいだからである。最近 歌う姿は見なかったがゴシップ報道での姿を見ていたから
        まさかそんなに歳をとっているようには見えなかったのだ、私の眼には三十代後半に見えていた。
        それもそのはずで皮膚移植にカツラをつけていたそうで これを聞いても驚いた。

        私はマイケルのことについては余りにも知らないが、「スリラー」という曲については思い出が
        ある。この曲は25年前に流行った彼の代表曲なのだが 日本に北米からMTVが初めて
        入ってきた時の代表的なヒット曲だったのを覚えている。いまでさえ邦楽のPVも当たり前に
        テレビで流れているが 当時はミユージシャンがビデオで歌うというものは国内では見られな
        かった。その先駆けとして登場したのがマイケルの「スリラー」であった。当時はレコードの時代。
         
        25年前というえば私が27歳で家内の御腹の中に長女がいた年代、大きな御腹で神戸の三宮へ公開中の「風の谷のナウシカ」を見に行った時代。私のAVライフがスタートした時代でもあったと思う。当時は新婚まもないころで兵庫県の県営住宅に住んでおりAVといつてもレンタルビデオもなく14型のテレビに中古で安く買ったビクターの初代VHSデッキにこのスリラーを録画した記憶があるのだ。もちろんステレオではなくモノーラルで録画だった。まだサラウンドプロセッサーも出現しておらず マトリックス接続もどきでミニコンポから音声を出していた、、何も無い時代だった。そんな時代に マイケルのあの歌と踊りは鮮烈に映っていた記憶があるのだ。もちろん27歳だった私はその頃は髪の毛がフサフサと存在していた のに(汗)。 こころからマイケルの御冥福をお祈りします。安らかに。

        「♪今夜はスリラー、スリラーの夜
        だから襲い掛かろうとしている野獣から
        君を救ってくれる人なんていやしないよ
        今夜はスリラー、スリラーの夜♪」

        | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 16:24 | comments(7) | - |
        ひこうき雲
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          昨日はユーミンの名前がでたので きょうは彼女の御話。
          彼女は私よりも三歳年上になる。この人も私が高校二年生の多感なころに
          彗星の如く現れたアーテイストだった。今までにない「透明感」と「繊細感」を
          もつ音楽性に溢れたピアノの弾き語り。松任谷由美の名前は若い人なら誰でも
          知っているかもしれないが35年前の彼女は「荒井由美」という名前で歌っていた。
          ビートルズでもなくフォークソングでもない 新しい音楽であった。
          彼女の女性らしい繊細な想いをデビューアルバムにしたのが「ひこうき雲」という
          名前であった。「ひこうき雲」は以来大ヒットを飛ばしたが 実はこの歌は若くして
          飛び降り自殺をした友人に宛てた彼女の想いを曲にした物だったとは その時は
          だれも知らなかった。


          そして私がこのファーストアルバムの中で好きなもう一曲がこれ。

          「雨の街を」

          彼女はその後アルバムを出すごとにその独自の音楽性を開花していきその名を
          音楽界で不動の物としニューミュージックの女王として君臨するのだが私が好きなアル
          バムはやはり彼女がまだ無名の新人として製作したファーストアルバムである。屈託のな
          い素の ユーミンが今聞いても輝いている。同時に それを聞いて眼を輝かせていた
          若かりし頃の自分の青春時代と重なるから好きなのかもしれない。


          | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 17:25 | comments(3) | - |
          陽水。
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            陽が暮れるのが早くなってしまって 夜が長い。仕事をしていても「何だ まだこんな
            時間か」と思ってしまう今日この頃。寒くなってくると人恋しくなるのは人の常。

            私が若い時から好きな歌を偶然見つけたので 今日はこれを聞いてくだされ。
            井上陽水。今年60才らしい、私が高校一年のころにデビューしての音楽
            活動だから35年も歌い続けている、ユーミンも長いけれど この人も長い。

            デビュー当時の彼の歌は好きだなぁ、詞と曲に「鋭い切れ込み」があって自分を
            表現している、年とともにその鋭さは薄れていくのだが、、人間として丸く
            なってしまうのかな、ま これも人生。我が人生に悔い無し!。 



            「人生が二度あれば」
            | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 19:32 | comments(5) | - |
            「白い色は恋人の色」
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              この歳になると 結構昔若い頃に聞いた「文言」や「歌詞の深い意味」を思いだしては
              適当に納得したりなんかしている。私が思春期を過ごしたのは「高度成長期」な1970年
              代、中学一年の時に歌謡界に彗星の如く現れたアイドル「南 沙織」の虜になってしまった
              のは今でも忘れがたい。ただ これらのアイドルが出現するまでも、してからも 歌謡曲
              という言葉が全盛だったのはこの頃だろうと思う。で 今日仕事をしていて 思わぬ歌を
              思い出してしまった、この曲は「歌詞が良いのだ」。私は今のうち子供たちが聞いている
              音楽を耳にすることが多いが やはりミリオンセラーな 例えばサザンの曲でも 「詞」が
              難解すぎて全年代の視聴者の胸を打つ力は持っていないだろう。ただ歌謡曲でヒットした
              歌たちには 今となっては幼稚なフレーズかも知れないが 「暖かさと素朴さ」があって
              愛されていたのではないだろうか。私は歌謡曲フアンではなかったが 今日の私の
              頭の中には この曲が流れたのである、でなぜかというと北海道に行った時のお土産
              の事を考えていたからかもしれない、、この曲だ。「白い色は恋人の色」。聞けばなんとも
              懐かしさと暖かさが胸を過るハーモニーである いい。で 色々 心に残る歌謡曲を
              思い出してみたら二三ほど出てきた。あなたはいくつ昔 聞きましたか、、、
              ●堺正章 / さらば恋人渚ゆう子 / 京都慕情森田健作 / さらば涙と言おう、特に さらば恋人 は好きだなぁ〜 高校受験当時深夜放送で流れていたような 気が。
              曲調だけが一人歩きするわけでもなく 詞が曲調の上を上手に踊り その歌のイメージ
              が確実に聞き取れる歌詞によって説得力を持って視聴者の胸を打つのが「歌謡曲」だっ
              たのかもしれない。あの懐かしい歌謡曲は どこへ行ってしまったのだろう、、

              って探してたら あった!。最近の「南 沙織の歌。うたってたんだ〜っ!、しかも
              昔と変わっていないし「感激!」、女性アイドルは歳をとると変わってしまうのに
              素晴らしい限り、私よりも二つか三つ年上だから 現在54歳なはず、見えないな〜っ。
              ファンとしては変わっていない姿を見ると 嬉しいなぁ、、
              こんなの見ていると 老け込んでいく自分が情けなくなる よし 俺もやるぞ!、、、
              って 何を?。
              | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 17:44 | comments(5) | - |
              親バカだけれど
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                某大手ハウスメーカーに依頼して注文住宅を今の土地に建ててから18年が経った。
                その18年の間にうちでは二匹の犬を飼っていたことになる。
                一番最初はメスの柴犬系の雑種だった。偶然目の前を通りかかった仔犬を
                呼び止めたら こちらに帰っては来た、ちょうど自宅が完成前だったので
                番犬として飼うことになった、このメス犬は9年 家の番をしてくれた。
                そして二度目に飼ったのは オスのゴールデンレトリバー、徳島のブリー
                ダーから仔犬を直で買った、下の写真は そのゴールデンレトリバー。
                家内が新聞広告を見て見つけてきた犬だ。


                (亡きゴールデンの写真を見る度に 辛くなるので削除させていただきます)


                実は私はこのオスのゴールデンは彼が若いうちは あまり好きではなかった。
                洋犬特有の体臭がきつく よだれはガブガブに垂らしてくるしで相性は悪かった。
                しかしそんな折でも家内は大層 彼を可愛がっていた。そして月日は流れた。
                昨年の夏である 老犬になった彼は日本の夏の暑さに耐え切れずダウンしてし
                まった、この時 もうダメかと思った。しかし 彼は立ち直った。
                このころから私は彼が可哀想に思えてきて あれやこれやと面倒なことも
                彼の為に世話をするようになった 彼もそんな私に対して最大の信頼を置いていたのか
                家族の中の私にだけ自分の腹部を見せるようになっていた。(犬はリーダーにしか
                自分の腹を見せない、これは絶対服従の行為なのだ)。秋が過ぎ晩秋、彼がまた
                調子が悪くなる、良く見ると彼の御腹がパンパンに膨れ上がっている、フィラリアと
                いう犬の難病である、心臓の中に寄生虫が住み込んで悪さをする病気だ。昨年の
                晩秋にイタリア旅行に行ったが その折、旅行から戻ったら彼はもう死んでいて
                長女にまかせていたので 火葬されているものとばかり考えていた。しかし旅行から
                帰ると 彼が元気に私達夫婦を迎えてくれた。なんという生命力、しかし老犬特有
                の特徴はいなめない、愛想を振りまくが 散歩に行くのを嫌うのだ、もうそんなに
                動く事ができないのだ、、そして数ヶ月経ち パンパンだった彼の御腹がペッタンコ
                に戻り 十分元気に走り回るようになって夫婦二人して喜んでいた。しかし今年の
                八月は彼にとってあまりにも暑かった、呼吸困難を起こし始めたので 外で飼っていた
                彼を家の中に入れてエアコンも一日中かけてやった 少しでも涼しいように大事に
                取り扱いしてやった、が 少し体調を取り戻した彼は外に出たがっていた、外へ離すと
                彼は 私達の眼の届かない庭の片隅に身を隠すようにして蹲り始めた、私は尚も
                令風機を庭に持ち出し酷暑をしのぐ段取りをしたのだが、、彼は お盆前に他界した。
                ゴールデンレトリバーの寿命は9歳〜13歳と聞いている、彼は数えで今年10歳だった。
                土曜日だった、彼の葬儀をどうしょうか悩んだ、暑いので腐敗が速いので 彼が傷む
                のを見ていられなくてペット霊園の火葬を依頼した、結構な高額だったが 今では
                こうしてやって良かったと思っている。葬儀会社の担当者が彼を引き取りに来た、
                最後に頭を摩ってやってくれと その人が言う、涙が出た、父の葬儀の時にでも
                出なかった涙が込み上げてきた、彼の悪戯や人なつっこさが 走馬灯のように一瞬
                頭の中を過る、「さようなら!ありがとう」という言葉が自然に出てきた。もうしばらくは
                生き物は飼いたく無いと その時は 私も家内も考え 落ち込んでいた、、、

                お盆の忙しさが終わり ボーッとする時間が到来すると 朝から家の中でやっていた
                犬のための習慣を つい やってしまう自分がいるのに気づく。もう彼はいないのに。
                家内も同じことを言う、まだ そこらを大きな体が尻尾をブラブラ振りながら歩き
                まわったり 私が仕事から帰ると いつも門の前で私を待っている彼の姿をつい探して
                しまう自分が哀れに思えた。「最高の犬だったんだ」、そう思っている。

                そんなときから彼を亡くした為に 気持ちを落ち込ませている家内のために何とか
                してやりたくなった。犬をまた飼おう と思い出した。ただ もうゴールデンのような
                大型犬ではなく番犬になり狩猟犬で中型のオスの犬にしようと最短で決定した。
                そこで候補に上がったのが「ビーグル」のオス。しかし 徳島のビーグルのブリーダー
                の存在すら知らない。ペットシヨップも探したがビーグルの仔犬はいない。
                うーん どこにいるんだろうと ウェプを探し回った、で彼の写真を見て 一発
                で決めた!。どう決めたかというと「母犬の目が賢そうなのと 美人(美犬)」だった
                からである。静岡で7/29生まれたオスのビーグルの仔犬。もう名前も決めている。
                先方のブリーダーの方針で生後45日以上は母犬や兄弟と一緒に育てるそうで うちに
                空輸で届くのは 御彼岸後ということになっている。ちょうど先のゴールデンが死んで
                49日目に届く計算になる、これもめぐりあわせだろうか。もう 彼用のサークルもシーッ
                も買ってある 仔犬代(高い)も含めて 全部私のポケットマネーから出ている(泣)。
                で、家族の反応は というと家内は喜んで大はしゃぎ、息子と娘は冷たく知らんフリ。
                こういうもんなんだよな ただ 彼が来たら 二人ともその様子が絶対変わる自身
                がある。でも 我が家は この小さな新しい家族のせいで かなり賑やかになりそう
                である。まー 動画を見てやってくんさい、親バカだけれど。



                追伸、この動画はブリーダーの方に頼んで現在の仔犬の様子を撮ってもらったモノ。

                好評につき追加、もう1つ。
                | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 16:45 | comments(11) | - |
                「学習」と「科学」
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                  「学習」と「科学」という雑誌を知っている方は私と同じような年齢層だろう。
                  この雑誌は小学生のころ私が毎月親に買ってもらっていた学年に応じた
                  学習教材(勉強するのが楽しくなる補助教材)だ。これは本屋では売っておらず
                  小学校の構内で毎月学研の人が個別に販売してくれてたのを今でも覚えている。
                  人気は「科学」の方でいろいろな面白い理科実験の付録を手にするのが楽しみであった。
                  習慣性になり 他の友達も買うし 面白くなくても毎号買ってしまう側面があった。

                  話は現在に戻すが、昨日 久し振りに雑誌「HI-VI」を買った。実は この雑誌の
                  歴史は相当古いのである。私の結婚歴と同じぐらいの歴史だ。25年。
                  今月号の「HI-VI」を読んでいて ふと先述の「学習」と「科学」に似てきたな と感じた。
                  付録は付いていないが 手にするだけで「新しい何に近づいた」気にさせるのだ。
                  もちろん この雑誌にも習慣性は多分にある。だから25年もやってこれたのだ。
                  しかし 久し振りに買ったら 出てくる評論家の数が多いこと?。若い評論家も
                  多いので知らない人ばかりだ、、、こんな知らない人の話を信じても良いのだろうか?。
                  「信じる物は散財して救われる」だ。この雑誌は「買わせるため」「買い換えさせるため」
                  の雑誌である。そのためメーカーのAV製品の広告が多いこと 多いこと。この広告料
                  だけで タダで配布してもいいぐらいでは、、、。25年もやってこれたのは業界と
                  一心同体だからであろう。それだけこの25年はAV趣味普及においてHI-VIの功績は
                  大きいと思う が、25年間も読んできた読者としては 何が「本当」で何が「眉唾」か
                  が判断出きるようになったのだ。これが「学習」というやつである。

                  だから「学習」した年齢層に相応しい新しい趣向(機器を使いこなす、等)の もう一段
                  上級の雑誌が必要ではないかとも思ったたりもする。「「HI-VI」だから「HI-CI」とか?。
                  | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 19:41 | comments(8) | - |
                  自分をあきらめない!
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                    「自分をあきらめない」いいですね?この言葉、、、
                    英語で言うと「ネバーギブアップ」。この言葉 昔は流行りましたね?。
                    今の日本人は この言葉を 忘れてしまっていますね?。きっと。
                    そんな中 再び登場します「ロッキー ザ ファイナル」。ゼッタイ見に行くと思う。

                    ロッキーと言うと 皆 思い出深いのではないだろうか?私は妙に映画解説者だった
                    亡き荻昌弘氏を思い出してしまう。何故なら 月曜ロードショーの名解説者だった
                    氏が ちよっと斜めに構えながら足を組み 映画「ロッキー」の魅力を熱弁されていた記憶
                    が残っているからであろう、、、
                    今までに 数々の映画を見たけれど 本当に感動して思わず自分も走り出してしまう
                    衝動にかられた名作は この「ロッキー」しかないと思っている。名作中の名作。
                    私と映画「ロッキー」の出会いは約30年前だと思う。それも「ロッキー2」からである。
                    当時大学生であったのにもかかわらず この「ロッキー2」を公開時に見て私は現在の家内
                    と結婚する決意を固めたことは事実である。現在高校生である息子にそのことを伝えると
                    不思議な顔を見せるのだが うちの息子も この「ロッキー」の若きファンである。
                    この映画 公開時にこの作品を見て受験勉強を乗り切った人 自殺を思い留めた人
                    、、苦難を乗り越えられた人が沢山おられると聞く。本当に必要な映画とは この
                    ような映画ではないだろうか?亡き荻昌弘氏も そう解説されていたと記憶する。

                    | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 17:16 | comments(7) | trackbacks(0) |
                    大松川
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                      午後 通り懸かりに 写真は撮ってみた。この川は大松川といって
                      徳島のバスアングラーには有名な川である。10年程前、息子がまだ
                      小学校の低学年であったころに 私は「バス釣り」に嵌って 早朝の
                      五時半頃から この付近で バスを探してうろうろした記憶がある。
                      私は この川の近くに住んでいるので 自転車でうろうろしていた。
                      ただ この付近で釣った記憶はない。写真の真ん中の沖州の枯れ草が見える
                      が、対岸からキャストして枯れ草の向こう側で30センチを釣った覚えは
                      あるが、、、。
                      現在でも日曜日の日中に若いアングラーが陸ぱりで この川をうろうろして
                      いるが この川は「朝一」しか釣れないのである。なぜなら この川は「浅
                      い」のだ。浅い川では 早朝の薄暗い時しか バスは捕食しないし 日が昇
                      ってはバスに人が見えてしまうし ルアーでは なかなか騙せないのだ。
                      二、三年 毎週のように この川を丹念に釣り歩き 最高50cmの巨大バスや
                      巨大雷魚と格闘した覚えがある。ただ 息子を釣りに連れて来たのは ほん
                      の数回だった。おやじだけが釣りに没頭していた。その後 この釣りに飽き
                      て 「黒鯛釣り」へ転進していくのだが〜。ただ 今でも 川を見ると 釣
                      りたいような 気分になる時が あるのは確かである。道具は皆 オークシ
                      ョンで売りさばいたけどー。
                      | モリヤン(プログの管理者) | 思い出 | 18:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
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